正統はてな村_愛国よろこんで

強くなければ国を愛せない やさしくなければ愛を国せない 日本語ユーザー再度参照してください

ブログの基礎、「心に妹を作れ」

僕が作品を紹介する基準は『ライトな自分とコアな自分』

他人におすすめできない趣味は、その界隈全体が集団駄サイクルに入っていると思う - かくいう私も青二才でね

『ライトな自分』が持ち合わせるのは客観性。


・オタクにしかわかんない作品ではないか?(中二の僕が見て楽しめるか)
・異性、世代が違う人が読んだ時に片手落ちして見えるのではないか?
・勧めたら頭が悪い人だと思われたり、信頼関係が揺らぐような作品ではないか?
・倫理的にも知識的にも一般の人がわかる作品であっても「これ、○○(人気作品)と同じこと言ってるやつでしょ?」「○○でいいじゃん」と言われないか。(○○の下位互換とみなされはしないか?)


こんなことを考えながら作品を読んでる。

他人におすすめできない趣味は、その界隈全体が集団駄サイクルに入っていると思う - かくいう私も青二才でね


疑念の余地なく好きな曲でも、妹の耳や姉貴の耳で聴くと、また違う感想になる。


言うまでもなく、「紹介」というものは他人に対してするものであり、さらに言えば、異なる文化圏をつなぐものでもある。ブログにせよ商売にせよ基礎となるのは、そのことをしっかり意識した「紹介」だ。


僕には、魂の妹とリアルすぎる姉貴がいるので、そういう点については恵まれていた。両者とも、僕とは文化的素養と趣味がまったく違う。そういう相手に、何をどのように紹介できるのか。10秒しか話を聞いてもらえない時に、何を言えるのか。それを考えるのが、ブロガーの基礎訓練だ。*1

家族についての条件は人によって大きく異なるので、べつに家族でなくてもいい。小学校から大学の教養課程まで、同じクラスになった子のフルネームを全て記憶しておこうと努めることから始めるのもいい。ブログをやっていく上で、いつか必ず役に立つ。逆に言うと、仲が良くて話が合う相手のことだけ知っていても、ブロガーとしては不十分だ。


もちろん、同年代を意識しているだけでは、十分とは言えない。まだ歴史の浅いネット上の文化では、「世代」が異常に細かく区切られる傾向がある。その繊細さは、害にしかならないわけでもないが、狭い「同世代」や、せいぜい下の世代にしか意識がいかなくなってしまうのは、ブロガーとしても商売人としてもよろしくない。

たとえば現在の六十代は、普通にネットショッピングをたしなむ世代でもある。そして、井上陽水という怪物の同世代だ。そんな世代に背を向けていては、趣味的にもビジネス的にも、駄サイクルに入りかねない。


親や祖父母の話をしっかり聞いておくのも良いし、囲碁や将棋を楽しんでいれば、上の世代との雑談の機会も得られる。知らない故事成語や、謎の歌も聞かせてもらえる。

文章を読むなら、中曽根元首相の著作が良い。そのあたりが、現役である「上の世代」のハイエンドだ。前提としている文化があまりにも違うことに驚くだろう。もちろん、いったん中曽根世代までを視野に入れてからは、その下の世代を細かく区切って認識していくのがブログ的にはベストだ。


他にも挙げておきたい具体例はあるが、すべて枝葉末節かもしれない。

根本は「言葉」だ。僕たちブロガーは、みんな言葉を使っている。言葉を使って、政治をやり経済をやり文化をやる*2。そして言葉には、歴史の文脈が流れこんでいる。一つ一つの単語やフレーズには、先人たちの用法が刻まれているし、僕らもまた新たに刻む。その痕跡は、見えない人には見えないし、見える人には見えるものだ。若僧でも長老でも、いずれ僕らは幽霊になるのだ。

*1:考えた上で、「今回は姉貴度外視の方向で」という判断はアリ。

*2:その点においても、中曽根元首相は「最後の宰相」となるかもしれない。