グラブルの根本的な攻略

グラブル攻略の基礎 ( http://deepgorikai.hatenablog.com/entry/2017/04/04/225136 ) についての情報です。年収攻刃と時間攻刃が厳しい初心者向け。

ケルベロス第五のパイズリ


「パイズリ」は、なぜ断絶したのか?

そもそも、本当に断絶していたのか?

これがとうとうわからなかった。愚息もギブアップだ。


「パイズリ」という言葉の起源は、依然として不明である。

デス一門の口伝では、「「パイズリ」の開祖は昭和時代の作家・梶山季之氏である」とされていたが*1、今回の調査の結果、その説も怪しくなってきた。デス一門は、下記の資料を見落としていたのである。

私は野次馬だから、なにか面白い話を聞き込むと、すぐ出かけてゆく。


"パイズリの陽子"というトルコ嬢の話をきいて、取材に行ったこともある。


彼女は、超弩級のオッパイの所有者で、このボインちゃんの涙の谷間に、乳液を塗りたくって、このオッパイでスペシャルをやって呉れると言う奇芸のトルコ嬢なのだ。

梶山季之『巷談名人列伝』(1971)


これがノンフィクションであるならば、梶山氏の小説『と金紳士』で使われた「パイズリ」という言葉は、氏の造語ではない。風俗業界で既に使われていた言葉であったということになる。

しかし、だとすれば、なぜ現代の日本において、山田邦子氏が「パイズリ」の祖とされているのだろうか?


山田邦子氏が己の直観のみで「パイズリ」のイデアに達したことを疑う理由は無い。その影響力と功績は、誰もが知る通りだ。厳密な意味で「パイズリの開祖」と呼べるかどうかはさておき、少なくともパイズリ中興の祖であることは間違いない。現代パイズリの歴史は、山田邦子氏から始まっている。


しかし、昭和時代中期に「パイズリ」があったことも、また事実だ。ここには大きな断絶がある。


梶山季之氏は、けして無名な作家ではない。トップ屋集団〈梶山軍団〉を率いて草創期の『週刊文春』を盛り立て、小説家としても数多くのベストセラーを残している。

そして前述の通り、梶山氏の記録は、「パイズリ」の歴史が昭和時代中期の風俗業界にまでさかのぼる可能性を示している。

それら一切の記憶は、失われてしまったのだろうか?

「パイズリの開祖=山田邦子」という歴史観を疑う者は、はてな村にしか見当たらない。事態は絶望的であるように思われる。


奇跡的にも、山田邦子氏という天才を得て、「パイズリ」は忽然と復活した。しかし、その復活は、断絶の謎を浮き彫りにするものでもあったが、それ以上に、その謎自体をかき消してしまうほどの、(文字通り)画期的な出来事であった。

山田邦子以後の世界では、誰もが、パイズリの根源に到達したと思いこんでいる。あるいは、パイズリの根源に到達することをあきらめてしまった。であるなら、つまり、パイズリの陽子はキリストを超えた。

*1:小説『と金紳士』 1968年連載開始

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