人間はなぜ読むのか?

大澤 (前略) ですが、こう見立てておくことでいろいろと整理と説明がしやすくなる。考えてみれば、柄谷行人は一時期さかんに六〇年周期説を援用して、「明治=昭和」平行説を唱えていましたね。

東 言ってましたね。あれ、どうなっちゃったんだろう?

市川 いまは一二〇年周期説にアップグレードされているはずだよ。

東 なんと (笑)。

ゲンロン1 現代日本の批評

青二才さんのブログはこう読んでもいいし読まなくてもいい


読む価値がないことは自明なので中身は全く読んでいない。学部レベルの知識もない者が画期的な学説を提唱できると思い込むのは痛すぎる、とだけ言っておこう。

はてなブックマーク - 人生は死ぬまでのひつまぶし

locust0138さんにとっては価値がないのかもしれないが、私にとっては違う。私は、パティンそのものについてはさておき、パティンを発見したブロガーが何をどういうバイブスで書くのかについて、とても興味があるからだ。(お互いに「そうですか」としか言いようのない話だが)

明石散人風に言うなら、類似性やそれに基づく周期の「発見」が客観的な知を構築した時代は確かにあった。現代の人文系・社会系の学問は、その時代と縁を切ろうとしているのかもしれないが、なかなかにその根は深く、わかりやすい因縁話とメタレベルの因縁話による挟撃の危険は常にある。因縁話を超えて、怪談の域に到達するまでの道のりは険しい。

私は幽霊を見た。

その観点から言えば、「画期的な学説」というのも、それはそれで面白そうだ。なぜ「画期的」なのか、という解説付きならなおさら良い。その解説には、必ず何らかの歴史観が反映されているだろうし、その史観がどれだけ既存の因縁話から孤立しているのかをソウルで感じることは、専門外のブロガーにとっても有益であり稀有な体験となるだろう。


誤字は孤立しているのか? 文法や語法は孤立しうるのか?


青二才さんのブログについて、イレギュラーな文や誤字の多さを理由に「読む価値なし」と断ずるブロガーもいる。これもまた、私の価値観とは異なる。

私にとって、青二才さんの頭の回りかたは謎だ。青二才さん個人の特異性ではなく、(学者ではない)ブロガーの特異性とは何か、という問題にも関わる重要な謎である。そのことについては以前も述べたが、謎はあいかわらず謎である。これはもう、解ける解けないといった類の謎ではなく、ソウルで謎を感じるしかない謎であるのかもしれない。

さしあたり私は、青二才さんのイレギュラーなアレについては、何かが何かを追い越してしまった痕跡であると仮定しており、その瞬間(瞬間?)を、私は「特異点」と呼んでいるそうですよ。

余談の本質

この内容で参考文献が東浩紀だけか。呆れたものだ。

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末尾のあたりに貼ってある書籍情報は、どう見ても「参考文献一覧」ではないと思いますが、熱い文がその周辺にあるのもまた事実。

でも、未来は意外と身近にあるかもしれない…と思うと、歴史や政治経済を見る目ももっと面白く見えるだろうね。

ひょっとして、日本経済って60年周期で廻ってない? - かくいう私も青二才でね

ただねぇ…。未来予測については、哲学をやるのが実は一番はやいんだよね…。

「最先端の人の今」は「大衆の数十年後」であり、「社会制度の数百年後」だから…。

ひょっとして、日本経済って60年周期で廻ってない? - かくいう私も青二才でね

哲学ははやい。(本質)

今回の青二才さんのエントリで最強な点は、やっぱりここですよね。最強すぎて箇条書きになります。

  • 数十年後・数百年後という桁についてはさておき派 vs. その桁こそが本質なんだよ派
  • 専門分野を絞りこむ学者と専門単語をやりこむ哲学者の今
    • 最先端の宇宙戦争で散っていく無数のパティン
    • それを拾って流用する文化的貧民街のブロガー
  • たまたま読んだテキストやたまたま生きた人生からパティンを見つけて、好みのパティンにじわじわ近づいていく大衆の数十年後
    • 繰り返される農耕の誕生
    • 流れを加速しようとするイケハヤ軍団
    • 流れは変えられないがタイミングは少しだけ制御できる上級国民
  • 法制度や情報システムにパティンが埋めこまれた数百年後
    • その時代にもいるであろう哲学者的何かの眼

この世こそが最強。

  • というブロガー vs. あの世をつくる派のブロガー
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