正統はてな村_愛国よろこんで

強くなければ国を愛せない やさしくなければ愛を国せない 日本語ユーザー再度参照してください

やりたいことがうまくバラけたらいいのにね

固有名に寄せて

半世紀くらい生きてきてわかったのは、お金をもらえる「仕事」には、2種類しかない、ということです。


ひとつは、みんなができないこと。

もうひとつは、みんながやりたくないこと。


ものすごく大雑把に考えると、この2つしかないのです(みんなができなくて、しかもやりたくない、という合わせ技もあるのですけど)。

「やりたいことを仕事にすれば我慢しなくていい」って言う人たちについて - いつか電池がきれるまで

これはまさしくおっしゃる通り、大雑把な考えだが、序盤でイチローの高値に乗って終盤でイケダハヤトの安値に乗るというはてな村の良識的な相場観にハメてしまうと、すんなり腑に落ちてくる。たいへん説得力がある。


それにつけても、イチローさんはとにかくすごい。得意の野球で数字を出しているだけではなく、言うことがいちいちもっともだ。世間のビジネスパーソンや、子供を育てる親御さんも、我が意を得たりと思うだろう。

私もイチローさんの全発言を把握しているわけではないが、多少アウトな発言があっても、この人を減点法や姑息な印象操作で貶める気にはまったくなれない。その高収入をやっかむ気にもなれないし、稼いだ金を何に使っているのかなんて詮索する気もさらさら無い。これこそ人徳というものだろう。

固有名から離れて

この歳になって、ようやく経済というものを学びはじめた。この世にはなぜ、「楽しくもないし楽でもないのに低収入」という仕事があるのだろうか。その理由を知りたいと思ったのだが、いまだにそれはわからない。

素人考えでは、多くの人がやりたがらない仕事であればあるほど高い値段が付くように思うのだが、そこにはなぜか、驚くほど低い天井がある。やりたいかやりたくないかに関係なく、「誰でも(我慢すれば)できる仕事」については、それほど対価を吊り上げなくても、やらせてくださいと手を上げる人がたくさん出てくるものらしい。だとすれば、その手を上げた個人個人が抱えている見えない括弧(我慢)の中に、全ての不思議はおさまってしまう。


我慢料が安いのは、我慢をする人がたくさんいるからだ。そんなことをふと考えてしまったが、そんなバカな話があるだろうか。ローンという名の借金にハメられたり教育的洗脳にかけられたりしたわけでもあるまいし、我慢料がここまで安くなるほど我慢という資源が有り余っているなんてことがあるだろうか。ためしに、その資源の量を計測してみたくも思うが、どう量ればいいのかはわからない。その資源からエネルギーを引き出し続けることのリスクについても、うまく切り分けて勘定するのは難しい。


もし仮に、我慢をする人が激減すれば、我慢料も激増と言っていいほどの伸びを見せたりするのだろうか。そんな光景を見るような日は来るのだろうか。誰だったか忘れてしまったが、我慢我慢で消耗しているサラリーマンに再考を促している人もいた。稼いだ金で、違う働き方を選んだ者への初期投資もしているようだ。そちらの道も甘くはないと釘を刺してもいたが、いま安定している職業もテクノロジーが発達すれば安泰ではなくなるとも言っていた。

真の個人のみんなの本当の自分のやりたい心の報われる意味ある我慢とは

「個人」というものが廃棄物をいくらでも放りこめる魔法の穴になっている、とまでは言わないし、むしろそこから理不尽な要求や暴力が湧いてくることもあるのだが、「個人の心」という領域は、今の社会の安定のためにはとても便利なものらしい。いつまで使いこなせるのかはわからないが、「みんな我慢している」「たいていのことは気の持ちようで何とかなる」くらいのふわふわした言葉の真意の強い気持ちで、たいていのことは何とかなっている。


真の個人のみんなの「平等」については、一昔前なら「冥応」「冥報」「冥加」「冥利」「冥数」「冥福」などの言葉で補完していたところだが、今は「運」「努力」「我慢」「行動」をうまく組み合わせて回しているようだ。限られた情報だけを使って有名な個人の心根をアゲたりサゲたりしながらムチ入れやガス抜きをする手法も、21世紀初頭の混乱を越えて安定期に入っている。それとは別に、仮想地球EXAのような試みが、新たな冥界をつくっていく気配もある。


なんにせよ、多くの人間の心と心が影響しあって起きることは、何がどう影響してどこにどんな結果をもたらすのか、とてもわかりにくい。「自分にPVやアフィ報酬が入るのなら、恐ろしい「カネの魔力」に取り憑かれた人間にさらなるPVや印税が流れこんでもいい」と考えてしまうのも、人間の心だ。その結果やさらにその次の結果がどうなるのかはわからないが、わからないからこそ人間は行動できるのかもしれない。


それにつけても、イケダハヤトは最低である。

転機に達した人間の4冊

個人的に興味を持っている流れについてのメモ。

さかのぼれば、かつてベストセラーになった『老人力』(1998)もこの流れの上流にあるのだろうが、上記の4冊は、近年の経済談義の流れ(「能力主義」「自己責任論」の公然化とそれに対するリアクション)や知性論身体論(そして「個人」についての論議)の流れと合流している点が特に興味深い。経済談義文脈での「成熟」「江戸」「昭和」をキーワードに、概念の三角跳びをしてみるのも楽しそうだ。 (『昭和三十年代主義―もう成長しない日本』(2008)などが参考になる。『中国化する日本』(2011)についての橋本治の感想は、リーダー論と人工知能論の流れにもからんで面白い)


やや本筋から外れるので、どう整理していいのかまだわからないが、「ゲーム(遊戯)」も有望なキーワードだ。「ゲーム」の指すものはそれぞれの本ごとに異なっているが、その差異も込みで面白い符合がここにはある。完全情報ゲームという仮想世界における人工知能の成長とオカルト化(『人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?』(2017))や、「テレビゲームは老人向きの趣味」という養老(孟司)テーゼと併せてここにメモしておきたい。

日本は何歳か?

元才女おばさんの話の続きというか余談です……

私なら答えは1つ

私は今年で50になる。1968年8月3日に生まれたので、今年の誕生日まで生きていれば、間違いなく50になる。もちろん、50になるか即死かなら、迷うことなく50を選ぶ。


とはいえ50歳。なかなかインパクトのある数字だ。正直なところ、まだ納得はしていない。今からでもキリスト非実在説確定とかで西暦うやむやにならねえかなと思っている。しかしもしそうなっても、昭和43年の生まれであることは動かせないので、ジーザスと先帝陛下が織りなすブロックチェーンに屈するしかないと言いつつまだ納得はしていない。


そもそも、戸籍がおかしい。戸籍上の生年月日に何の意味があるのか。星占いとか丙午とか迷信だし、私の生誕には事件性も無い。そんなもの、ブロックチェーンで記録しなくていいと思う。百歩ゆずって、成人したら抹消。それで誰も困らないし、特殊な呼吸法で見た目20代序盤の私が「実は49なんです……」「戸籍上はもうすぐ50歳ということになります……」とかカミングアウトしたところで誰も幸せにならないのはもう知ってる。


そんな無意味な情報でも、とにかく記録しておきたがるのが国家というものだ。そのくせ、自分の起源はフレキシブルに運用している。国民の年齢は死ぬまで許さないくせに、大日本帝国アカウントをあっさり捨てて転生したかと思いきや裏の流れで復活する謎の建国記念日。私も紀元節世代ではあるから、その復活は素直に嬉しかったが、そのとき以来もう日本が何歳なのかさっぱりわからなくなってしまった。

訊いて悪いは国家の年齢

私は本居宣長直撃世代なので、「日本」という何らかのアレの起源については、諸説あることをみっちり教えこまれている。5分前誕生説からビッグバン=天之御中主余裕の所業説まで、いろいろある。その中のどれが正しいのかは、仏教的三千グローバリズムを超克した立場から言わせてもらうと、よくわからない。本当にわからない。そのうち、日本国民の数だけ日本の起源があるのだ的な珍説が出てくるかもしれないが、それを否定することさえ難しい。


だから国家は国民の誕生日を執拗に記録するのかもしれない。とうてい合理的な推論とは言えないが、私はそう感じている。曖昧な国家の起源のかわりに、その対極に置かれる何かを確定させておきたいという非合理な国家の気持ちがあるのではないだろうか。このような国家の気持ちは、「日本は心の中にある」という近代国学的な気持ちとも相性が良く、容易に結合しうる。

そしてもし仮に、日本の気持ちと日本国民ひとりひとりの気持ちが1toNの関係で結合してしまえば、日本の起源という論点は、国民分裂の火種となりうる。なぜなら日本は日本の年齢を知らないからだ。日本国民ひとりひとりが、日本の起源を気持ちで感じて気持ちでぶつかっていくしかない。国民統合の中心点たるべき日本国家は、同時にまた、「日本」という紆余曲折の歴史を経てきた何らかのアレでもある。 不動の中心であると同時に、日本国民を遠心力で引き裂きかねないものでもあるのだ。


このように、日本の起源というものは国民の重大なお気持ち案件である恐れがあるので、他国の人間が気安く口を出してよいものではない。そしてもちろん他国にも、似たような事情はあるかもしれない。「パーティーで政治の話をしてはいけない」という外交上のマナーは、すでにオールドファッションになったという説もあるが、パーティーで国家の歳を尋ねるのは、今でもやはり厄いのかもしれない。